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チアダンス (ソングリーディング、ドリルダンス) の歴史

 

1.チアダンス (ドリルチーム・ドリルダンス)

ソングリーディングとはチアリーディングから派生したチアダンス競技ですよね。 チアリーディングから独立した競技で華やかなチアダンスを2分半披露します。ジャズやヒップホップ、ファンク等さまざまなダンスを組み合わせたダンスで代表的なものは、ポンポンと使ったラインダンス、フロアワークやジャンプ。 競技もジャズ部門・POM部門・ヒップホップ(男女混合ヒップホップ)部門など、部門別に分けられています。
ソングリーダーは、ダンスを中心に行っているのでスタンツやタンブリングは行いません。基本的に禁止です。チームの応援も基本的には行いません。でもチアリーディング同様チームワークとチアスピリッツを大切にしています。南カリフォルニア大学が発祥の地と言われていますが、定かではありません。

 
チアダンスUSAの模様

チアダンスは、20世紀初頭に高校教師のケイ・ティア クロフォード女史が素行の悪い女生徒達を更生させる為に考案した種目とされています。当時フィールドは一部の例外を除き男性の領域で女性はスタンドで観戦・応援するのみでしたので暇を持て余していた。ドリルとは軍隊の行進の様に全員が同じ行動をし正確であったのでミリタリープレシジョン(軍隊的正確さ)とも呼ばれており、その後ダンスの種類も増えこの規則正しく美しいフォーメーションが女生徒達の間で大人気となりいつしか「品行方正」「容姿端麗」「成績優秀」でないとドリルチームには入れないとされてきました。
 
チアダンスは、アメリカでは一般的にポムダンスと呼ばれています。又、チアダンス、バトントワリングやマーチングバンドの様に全員が同じ動きをする種目を全てまとめてドリルチーム又ドリルダンスと称しています。
 
バトントワリングの起源は所説ありますが、1900年代初頭にアメリカの軍楽隊の先頭に立って指揮をするドラムメジャーが自分の指揮棒を回した事がバトントワリングの始まりとされています。 その後指揮棒は改良され今のバトンの形になると魅せるバトンとしてアメリカで拡大していきます。

バトントワリングの演技
バトントワリングのドリルチーム

 バトントワリングも本来は男性による演技品目でしたが1939年に第二次世界大戦が始まると男性は軍隊に取られ代わりに女性のバトントワラーが増え始めました。
 
日本では「バトンチア」と言う表現がありますが、アメリカでは「バトンチア」と言う言葉は存在せずバトントワリングとチアダンスを同時に練習する事はないようです。 他のカテゴリーと区別する為につけられた言葉ですが、アメリカでは単に「ドリルチーム・バトンの部」になります。
 
ある日アメリカでチアリーディングとバトントワリング、どちらが難しいかと言う議論になりそれに対しては大多数がバトンと答えています。理由として「チアは人間を高く投げ数人で受け止めるに対してバトントワリングはバトンを高く投げ上げている間に回転やパフォーマンスを行い確実に片手でキャッチしそのまま続けて演技をしなければならないから」だそうです。 しかしこれに関しては賛否両論あると思いますのでよろしければご意見をお聞かせください。

2.ドリルチーム・ドリルダンス(チアダンス)の母

UCLAで修士課程を修了しテキサス女子大学で学んでいたガッシー ネル ディビスと言う小柄な女性は、テキサスのグリーンビル高校で科学とpep squad(応援隊)を指導する様依頼されましたが、当時どの学校にもあったにも関わらず応援隊の存在すら知りませんでした。固定概念がなかったと言う事も幸いして彼女は試行錯誤の末新しいリズムでのマーチングやバトンを使ったパフォーマンスを披露しています。 当時フィールドでプレーできるのは男性だけであった為ディビス女史はどうにかして女生徒達をもフィールドでハツラツとプレーさせられないかと考えそのコンセプトを元に進化したマーチングチームを作り上げハーフタイムだけでもフィールドで活躍できるものを作り上げました 。
 
その2年後、偶然にも同じコンセプトを元にケイ クロフォード女史がより進化したドリルチームを結成しています。たまに「それではディビスの方が先に作ったのでは」と言われていますが、ディビスはマーチングバンド寄りとされておりケイはバトンも取り入れていますがチアリーディング経験者であった事もありダンスの質が高かった為ドリルダンスの創始者とされています。
 

チアダンスの母 ケイ クロフォードさん

ケイ クロフォード 1914年8月16日テキサス州生まれ。
母親はネイティブアメリカンのハーフであった事もあり父親は農場を辞めテキサス州で保安官を目指していました。
(保安官になれば家族で自由に旅が出来たからとも言われています)
 
しかしエジンバラに移動後父親が急死し、母子は空き家で寝泊まりし近所の庭から野菜等を盗み生活をしていました。しかし彼女はそんな境遇におかれてもトイレ掃除などアルバイトをしながら生活費を切り詰めパンアメリカン大学で準学士号、ベイロア大学とテキサス大学で修士課程を取得しています。論文の内容は「高校のカリキュラムの中にドリルチームを設け教育的価値を高める」
 
華やかな経歴の裏では大変な苦労をされていますが、その後の活躍はご存じの通り数々の高校・大学でドリルチームの普及に励みサマーキャンプの実施や国際大会を開催しています。
 
彼女の人徳はもとよりドリルチームに対する熱意は多くの支援者が共感し成功を収める事が出来たと言われています。
 
ケイはドリルチームと生徒達をこよなく愛しドリルチームをオリンピックの正式種目にすると言う野望を持っていました。残念ながら生前この夢はかないませんでしたがいつかは彼女の意思を受け継ぐ者たちにより達成してほしいと願っています。 2001年8月29日カリフォルニア州の自宅で永眠。 享年88歳 
 

【監修: strategic global marketing 板倉 孝】

参考文献
Wikipedia (EN, JP)
isports.com
American Dance/Drill Team
Kay Teer Crawford Guide History
Encyclopedia.com
Varsity.com
Omnicheer.com
Recent cheerleading safety studies
Time.com
MDD USA

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